スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自分もおなじことをしていた。。。(もっと深く。。の続き)

先日のきづきは、幼い私の心が感じた真実だ。。

大人になった今の私は当時の彼女の事情を理解してみることができるはずだ。
記憶をたどって、彼女の立場にたったとき、あらたなことが見えてきた。我が家は父の単身赴任が長く、引越は私が4年生までで5~6回もしていてた。母は私たち3姉妹を一人で育ててるような状態も長かった。あの頃だかららくらくパックもないし、引越自体も母にはかなり負担だったことだろう。そのたびに環境は変わり我々の学校のことや、自分の人間関係もやりなおし。経済的にもあまり余裕があった覚えはない。両親とも地方の出身で田舎者の劣等感などもあったかもしれない。頼れる親戚もいない。これだけ見てみても、当時大変だっただろう彼女の姿が見えてきた。当時の私が悲しい思いをしたのは事実だが、母も母なりに苦しい時期であったに違いない。やりきれない気持ちもあっただろう。そういえば、忙しさなのか母がどこかイライラしてる時に体験した気がする。精神的にいっぱいいっぱいの時吹き出してしまったことだったのかもしれない。

それに平行して、これまで無意識に私自分自身も母と同じことをしてた自分にも気付いた。先日のきづきまでは痛みにきづいてなかったため、同じ思いを人にもしてきていた。(痛みをしっかり感じ切って受け入れてないと、自分も同じ思いをひとにさせてしまうのだ。きっと母も母親との関係でそういう思いを味わってきたのだろうと思う。)そういえば、怒るほどになった時は私も心に余裕がなかったり、忙しかったり、わかってもらえなかったりしてた時だ。だが、同じことをする自分というのは受け入れがたいところがある。自分が自分を責めてしまうからだ。責めてる自分に気づいて受け入れ、次に進む。それを外すと、「せっかくの優しい気持ちを受け取らず、その人たちに真摯に謝罪をする。

そしてまた進んだとき、息子と夫の顔が浮かび、初めて私はこれまでさまざまに自分に差し出されていたやさしい気持ちや愛に気づき、胸が熱くなった。嬉しくて、ありがたくて、涙がとまらなくなった。心に余裕がないとき気が利かないと、つい家族だから手加減なく否定してきた自分。だけど、本当はたくさんの優しさと愛をくれていたのだ。。。もっと優しくされたい、大事にされたい、愛されたいと感じていた自分は、本当は差し出された愛を自分が受け取ってなかったのだと気づいた。普段の何気ないところでも、家族などがささやかな気遣いや優しい気持ちからしてくれることも結構多いことにきづいた。せっかくの好意を無意識に否定し受け取ってこなかった自分にきづいた。

誰かは私にはなれない。私も誰かにはなれない。だから、一生懸命推し量っても、行為自体は喜ばれるかどうか、うけとられるかどうかわからない。それは仕方がないことだ。でも、思いやってくれた心は受け取れる。気持ちは受け取れる。気持ちを受け取ったら私はうれしくて暖かい気持ちになり、その相手も嬉しい気持ちになれる。行為そのものはともかく、優しい気持ちや気遣い、愛だけはしっかり受け取りたいと思う。なにより自分の幸せのため、そしてその相手の人のために。

否定的な気づきは、とても受け入れがたい。でも受け入れてしまうと、気持ちが楽になったり、今まで気づいてなかった幸せにもつながっている。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
プロフィール

harumi

Author:harumi
こんにちは東京在住のharumiです。私は2009年春頃、精神的、肉体的にダウンし、うつ病寸前に至りました。師匠坂下宏光氏(と、その後彼の相方となったMIEKOさん)に出会い、ワークを通じて、少しずつ自分の心に向き合い、受け入れていくことで自分自身が癒され、楽になれることを実際に体験してきました。自分を生きるため、もっと幸せになるために、自分の心のメッセージに気づき、受け入れていくお手伝いができればと考えています。

最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。