スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

すっきりしない

なんだかすっきりしないなと思っていたら、
大事なもとを探るのを忘れていたようです。

「私なんか・・」と感じる、その元にある「無価値な私」。

そうやって観察するといろいろなところにその片鱗が。。。。

自分が自分の価値を感じるため、もっと自分に愛を注ごう。
もっと意識して自分と一緒にいよう。感じよう。

もっと自分を信じられるようになりたいです。
スポンサーサイト

左半身

ここ何日か不思議なことに左半身が痛みます。

なんだか迫害してきた半分の自分(否定的な自分)の痛みをやっと感じるようになったかのような。。。

私なんかより

かぶ太、かぶ子が家にいた時、本当は自然にいるものなのに、ケースで飼うのはよくないとうっすら罪悪くを感じていました。彼らは「私なんか」の家より他にもっと幸せなところがあるのにという意識があったのに気づきました。

よく自分の中をみてみるとそれはいろいろな面で現れていました。
息子に対しても、「私なんか」の子どもに生まれてかわいそう、申し訳ないとどこかで思っていました。

私を選んで来てくれたのだと受け入れたら、私でいいんだと肩の力が抜けました。

カブトムシのかぶ太とかぶ子の子どもたちは自然に帰すべきだと思いこんでいたけれど、私を選んできてくれたのなら、家で大事に育ててもいいのかもしれないと思い始めました。
みんな兄弟だから、今度は雄と雌はべつべつに。でも、一体何匹の子どもたちが土の中にいるのか・・・それが問題です。(何匹かどなたか大事に育ててくれませんか~?)

自分のもっているもの、自分のところにあるものを私は受け取っていいのだと赦すと、状況はなにも変わっていないのにとても嬉しい気持ちになりました。

かぶ太、かぶ子ありがとう。

19日に書いたものが下書きのままでアップしてませんでした

昨日かぶ子が逝きました。

ここ何日か息子ともとても仲良く遊んでいました。
息子の指を登るときには痛くないようにやさしくやさしく登るようになっていたと感じていました。
逝く前日にはケースの中で私と息子のいる方へ移動してつぶらな瞳でじっと見つめているようでした。
なんてかわいいんだろう。目を合わせるだけでなんだかおしゃべりしてるような感覚にもなりました。

昨日は、朝は動いていたのに、お昼前から体制が変わらず、気にかけていました。
動くのではないか、動くのではないかと期待しましたが、もう動くことはありませんでした。

夜、一人になって、じっと亡骸をみていたら、寂しいさと悲しみで、じわーっと涙がでてきました。
他に気を紛らわせようとする自分もいたけれど、引きもどして、しっかり泣きました。
寂しいし、悲しいけれど、今回は痛みはほとんどありませんでした。

本当にかわいかったなぁ。もう動く姿もみれないのはとても寂しい。

短い間だったけれど、とても楽しかった。幸せだったなと感じています。

ありがとう、かぶ子。ありがとう、かぶ太。








悲しさ、寂しさ

悲しさと痛み。寂しさと痛みは私の中ではセットでした。
でも、その痛みは後悔であり、判断であったのだと今感じています。

かぶ太のことから、父を亡くした時の感情も出てきて
ちょっと落ちていましたが、ようやく通常の自分に戻りました。

コメント下さった方々、メールくださった方がた、
お気にかけてくださった方々どうもありがとうございました

かぶ太が・・・

先週金曜日から2泊旅行のため、かぶ太とかぶ子を置いて行きました。水を多めに土に含ませ、ゼリーを多めにおいて、ケースを家の中では一番涼しい場所に置き、風が通るようにすこし網戸にしていきました。

猛暑で東京も37度くらいになっていたので、旅先からかぶたちをとても心配していました。

日曜日夜に帰宅し、玄関を開けてすぐ、かぶたちのケースに行ってみると、かぶ太がのぼり木の脇で亡くなっていました。
しばらく、ただただ呆然と立ち尽くしてしまいました。天気予報では猛暑と言ってたのに、どこかに預けるか、家に置いて行くのでもいくらかでもタイマーでエアコンをつけてあげればよかったなどなど、後悔が頭をめぐりました。かぶ子は姿が見えないけれど、ゼリーも大して減っていないし、かぶ子もだめかもしれない。夏の昆虫といっても、さすがに40度近い温度では生きてられないよね・・・。そんな気持ちで、一晩よく眠れませんでした。

翌朝もかぶ子は全然現れず、気配を感じなかったので、しばらくこわくてケースに近づけませんでした。でも、よく見ると、前日入れた昆虫ゼリーに土がついていました。ケースの周りを一回りよく見ると、ケースの側面には卵からかえった幼虫の動く姿が。「もしかしたら」と淡い期待を抱いてしばらくたったとき、かぶ子が姿を現しました。本当によかった!

安心してやっとひと心地つきました。かぶ太が亡くなったことは、世間でいえばカブトムシというちっぽけな存在なのですが、とても寂しくて、悲しいです。あの白いイモムシから成長を見せてもらって楽しい時間を過ごせたことを感謝する気持ちもあります。なのですが、どこか感じることを制限している感じがしています。過去の寂しさ、悲しみにもつながっているとも、後悔につながってるようでもあります。恐れも感じています。

感じているそのままを否定せず、ありのまま自分を感じ受け入れていこうと思います。



前回のブログアップの時点ではかぶ子の無事もわからず、かぶ太の死も書ける心境ではなかったため書けませんでした。





自分を感じながら

「今何を感じてる?」と自分を感じながら、家族旅行に行ってきました。
家族だけなのに、最初びっくりするくらいに自分が閉じていました。
だんだんに自分が開いて、リラックスし、楽しいひと時を過ごしてきました。

草津は高原なので、28度とか、30度くらいで、日蔭は涼しく、過ごしやすかったです。

帰ってきました。

熱を出していた息子ですが、なんとか2泊のキャンプに行き、今日なんとか無事帰ってきました。

息子のキャンプの間、たまたま夫も出張中で、私は2泊ひとりでした。

昨日は久々にミッチー師匠の個人セッションを受けました。基本の大事さを伝えていただきました。
とにかく自分を感じること。5秒に一回はできていませんが、意識がある時は「今何を感じてる?」と
自分に問うています。

ひとりの時間は寂しくもあったけれど、自分をみつめるいい機会でした。

キャンプ直後ですが、明日から2泊で家族旅行です。温泉でゆっくりしてきます。

いろいろ

おとといからちょっと兆候はあったのですが、昨日の昼息子が高熱を出し、いくらか下がったものの
まだ熱が続いています。

昨日も今日も楽しみにいていたイベントがあったのですが、残念ながら断念。。。
その一方、私は子どもが病気の時の自分も見えてきました。

明後日から子どもだけで2泊のキャンプなのだけれど、無事にいけますように。

日常にきづく。

なんでこんなに自分の時間がないかと観察したら、
子どものことをいろいろ気にしていたり、食事のことなどをあれやこれや心配してたり、
してしまったことに立ち止まってたり・・・自分が「自分」にいなかったり、「今」にいなかったり。。。

子どものことは子どもになるべく任せるようにして、「今」にいない時に気づいたら修正するようにしたら
疲れ方も全く変わり、自分の時間もできてきました。

これまで子どもとびっちりいるのは結構苦痛だったのですがとても楽になりました。

そして、子どもとも「今」を大事に一緒に楽しみたいと思えるようになり、
楽しめるようになってきた気がします。
最新記事
プロフィール

harumi

Author:harumi
こんにちは東京在住のharumiです。私は2009年春頃、精神的、肉体的にダウンし、うつ病寸前に至りました。師匠坂下宏光氏(と、その後彼の相方となったMIEKOさん)に出会い、ワークを通じて、少しずつ自分の心に向き合い、受け入れていくことで自分自身が癒され、楽になれることを実際に体験してきました。自分を生きるため、もっと幸せになるために、自分の心のメッセージに気づき、受け入れていくお手伝いができればと考えています。

最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。